妊娠期からはじまる父親の育児支援 ー 『NPO法人育児サポートdouce.』が目指す「家族づくり」

出産・育児をめぐる環境が大きく変化する中、父親の育児参加の重要性が高まっています。しかし、意欲はあっても具体的にどう関わればよいのか分からない、産後の妻の変化にどう対応すべきか戸惑う、といった声は依然として多く聞かれます。

そんな中、助産師としての経験を活かし、特に父親の育児参加に焦点を当てたサポートを行っているのが、『NPO法人育児サポートdouce.』です。「父親を飽きさせない」をモットーに、実践的な学びの場を提供し、妊娠期から夫婦で協力して子育てができる環境づくりを支援しています。

今回は同法人の理事長である難波直子様に、設立の経緯や具体的な支援内容、そして父親の育児参加をめぐる現状と課題についてお話を伺いました。助産師という専門家の視点から見た、新しい時代の子育て支援のあり方とは――。

難波直子(なんば なおこ)
1996年:助産師資格取得。
産院や助産院を経て、保育園などで乳児幼児の発達発育、育児相談などにも関わる。
2014年:特定非営利活動法人育児サポートdouce.を設立。
出産後の親子のケアを目的に活動し、お父さん中心のオリジナル両親学級を開催する。
2019年:クリニック内に出産前から出産後の親子ケアを行うクアッカルームを開設。 
妊娠期から育児期の親子の各種個別相談、父親の育児参加推進を目的としたイベントを開催するなど幅広く活動している。

助産師の経験を活かした、父親の育児参加支援

ー難波さま、本日はどうぞよろしくお願いいたします!まずは御団体『NPO法人育児サポートdouce.』の概要について教えてください。

難波直子 理事長(以下敬称略):私たち『NPO法人育児サポートdouce.』は、助産師というスキルを持った者たちによって、妊娠・出産・育児、そしてその後の家庭生活をトータルで早い時期からサポートしていこうという思いで立ち上げた団体です。立ち上げて間もなく、父親の育児参加が十分に進んでいない現状に気づき、現在は主に父親の育児参加を促進するための「パパ塾(両親学級)」を中心に活動しています。

設立のきっかけとなったのは、両親学級での光景でした。参加されている父親たちの多くが、小説や漫画本を持参していたのです。当時から産後うつは深刻な社会問題となっていましたが、最も身近な存在である父親が、こうして育児の学びの機会から実質的に外れてしまっている状況に、大きな危機感を覚えました。

出産・育児の現場で20年以上の経験を持つ私たち助産師だからこそ、従来の支援での限界も見えていました。施設で提供される両親学級は、残念ながら父親が積極的に参加したくなるような内容ではありませんでした。時には父親が一方的に責められているような雰囲気すら生まれ、父親向けの効果的なPRや、母親をサポートする具体的な方法まではなかなか踏み込めていませんでした。

また、コロナ禍で男性の育児休業取得は急速に進みましたが、私たちがNPOを始めた当時、育児に積極的に関わろうとする父親はまだまだ少数派でした。そこで私たちは、特に父親の育児参加に焦点を当てた支援を展開することを決意しました。

「お産の現場」から「家族の伴走者」へ ー 経験を活かした新たな挑戦

ー現場の助産師から、NPO法人の立ち上げという大きな決断をされた理由を教えていただけますか?

難波:私は元々、現場でお産を取り上げる仕事が大好きでした。新しい命の誕生に立ち会い、家族の喜びの瞬間を共有できる――それは助産師冥利に尽きる経験です。しかし、体調の変化により現場での活動が難しくなった時、自問自答を重ねました。この助産師としての経験とスキルを、どのように活かせば、お母さん、赤ちゃん、そして父親たちのために役立てることができるのか。その答えとして行き着いたのが、NPO法人の設立だったのです。

実は、現場を離れる助産師は決して少なくありません。特に、メンタルヘルスの問題を抱えてリタイアするケースが近年増加傾向にあります。その背景には、過酷な勤務環境があります。以前は3交代制、現在は2交代制が主流ですが、そうした不規則な生活リズムは心身に大きな負担となります。

さらに、出産の現場には決して表には出てこない、深い悲しみが伴うこともあります。予定していた赤ちゃんが亡くなってしまったり、予期せぬ障害を持って生まれてきたり――。医療者として冷静に対応しなければならない場面でも、時として感情が揺さぶられることは避けられません。

「もっと何かできたのではないか」「自分の判断は正しかったのか」。そうした自責の念に苛まれ、次第に現場を離れていく仲間たちを、私は数多く見てきました。しかし、その一人ひとりが、かけがえのない経験と深い洞察を持っているのです。

そこで私は考えました。現場を離れることは、必ずしもマイナスではない。むしろ、その経験を活かして新しい形の支援ができるのではないか。特に、産前・産後のケアや家族支援の分野では、現場での経験が大きな強みとなるはずです。

「飽きさせない」がモットー ー パパ塾で実現する新しい家族の形

ー「パパ塾」というユニークな取り組みが印象的ですね。 『douce.』の特徴的な活動内容について詳しく教えていただけますか?

難波:私たちが提供する「パパ塾」の最大の特徴は、「父親を飽きさせない」というシンプルなものです。一般的な両親学級では、どうしても一方的な知識の伝達になりがちです。しかし、知識を詰め込むだけでは実践的な育児参加は難しい。その認識のもと、全4回のカリキュラムの中に必ず「パパミッション」という実践的な課題を組み込んでいます。

具体的には、妊娠期からお父さんがお母さんの状態と赤ちゃんの状態を知るためのワークや、妊娠中期特有の体のトラブルへの対応方法、そして出産後の生活変化に備えるためのシミュレーションなどを行います。一方的な講義ではなく、参加型のワークショップ形式を採用することで、父親たちの主体的な学びを促しています。

また、私たちの大きな特徴は、父親に対する接し方にもあります。「父親だから」という理由で頑張りを強要することは一切していません。なぜなら、親というのは時間とともに育っていくものだからです。「こうあるべき」「これができて当たり前」といった固定観念を押し付けるのではなく、一人ひとりの状況や悩みに寄り添うことを重視しています。

さらに、私たちは父親同士のコミュニティづくりも大切にしています。同じ立場の仲間との出会いは、何よりも心強い支えとなります。「パパ塾」での学びを通じて知り合った父親たちが、その後も情報交換を続けたり、互いの経験を共有したりする関係性が自然と生まれています。

このように、私たちは「父親の目線」を大切にしながら、専門性を活かした実践的な支援を提供しています。それは、すべての家族が心地よく、そして自分たちらしく子育てができる環境づくりを目指しているからです。

「産後から頑張る」では遅すぎる ー 知っておきたい妊娠期からの関わり方

ー「産後から頑張る」という父親が多いと思いますが、なぜ妊娠期からの関わりが重要なのでしょうか?

難波:たしかに、父親たちと関わっていると、「赤ちゃんが生まれてから頑張ります」という声をよく耳にします。しかし、これは大きな誤解なのです。母親の中では、妊娠が分かった瞬間から、すでに大きな変化が始まっています。いわゆる「母性の芽生え」は妊娠初期から始まっており、母子手帳にも掲載されている「愛情曲線」が示すように、母親の心理状態は妊娠期を通じてダイナミックに変化していくのです。

特に注目していただきたいのが妊娠中期です。この時期は母体に様々な変化が現れ始め、身体的な不調が出現しやすくなります。例えば、おなかの張りや腰痛、睡眠の質の変化など、身体的な不調が出現しやすくなります。また妊娠の負担によって合併症も発生しやすい時期です。これらの症状は、一見すると母親個人の問題のように見えますが、実は家族全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。

具体的には、つわりの症状により家事が思うようにできない、夜間の頻尿や不眠で生活リズムが乱れる、ホルモンバランスの変化による感情の起伏が激しくなるなど、日常生活の様々な場面で支障が出てきます。この時期に父親が状況を理解し、適切なサポートができるかどうかが、その後の家族関係を大きく左右するのです。

さらに、妊娠中の母親の心理状態は、胎児の発育にも影響を与えることが分かっています。母親のストレスレベルは、胎児の心拍数や胎動にも反映されます。つまり、母親が安定した気持ちで妊娠期を過ごせるかどうかは、赤ちゃんの健やかな成長にとっても重要な要素なのです。

そのため、私たちの「パパ塾」では、妊娠期特有の変化とその対応方法について、具体的なミッションを通じて学んでいただいています。例えば、母体の変化に合わせた家事の分担方法や、妊婦健診への付き添い方、母親の気持ちに寄り添うコミュニケーションの取り方など、実践的なスキルを身につけていただきます。

また、出産後の生活変化にもスムーズに対応できるよう、事前の準備も重要です。特に、産後うつのリスク要因や早期発見のポイント、具体的な支援の方法などについて、妊娠期のうちから理解を深めていただきます。これにより、産後に起こりうる様々な課題に対して、より適切に対応できるようになるのです。

実際、私たちの支援を受けた父親からは、「妊娠期からの関わりで、妻の変化に戸惑うことが少なくなった」「産後の生活をイメージしながら準備ができて良かった」といった声を多くいただいています。このような前向きな変化は、妊娠期からの積極的な関わりがあってこそ実現できるものなのです。

「男性の産後うつ」は他人事ではない ー 生活リズムの変化がもたらすリスク

ー「男性の産後うつ」について、教えていただけますか?

難波:主な要因として、生活リズムの大きな変化が挙げられます。育児休業を取得して育児に関わる中で、家庭内のリズムが大きく変わります。新生児は夜型の生活リズムを持っているため、夜中のサポートを頑張れば頑張るほど、互いに疲弊してしまいます。

また、赤ちゃんと一緒に昼寝をするなど、生活リズムが乱れやすい環境にあります。これだけでもうつの要因となり得ますし、日々の不安が重なることで、さらに症状が悪化する可能性があります。うつは育児に限らず誰にでも起こりうることですが、「心の風邪」と呼ばれるように、早期発見と適切なケアが重要です。

症状としては、眠れる環境があるのに眠れない、食欲不振、外出を避ける、また時短勤務で育児に関わろうとしている方の場合は「家に帰りたくない」といった気持ちの表れも、サインの一つとなります。パートナーとの関係がうまくいかなくなり、孤独感が深まっていくケースも少なくありません。

育児不安や動揺から、深刻な事態に発展するケースを防ぐためにも、早期からの知識習得は重要です。夫婦や家族だけで育児の不安や辛さを抱え込まずに、どこに、誰に助けを求めればよいのかという知識を持っていることで、選択肢が広がります。

広がる多彩な支援 ー 家族に寄り添うきめ細かなサポート

ー様々な活動を展開されているそうですね。具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか?

難波:現在、大きく分けて3つの支援活動を展開しています。

1つ目は、コロナ禍以降主軸となっているオンラインでの個別相談です。これは母親はもちろん、父親からの相談も受け付けています。育児の具体的な悩みから、夫婦関係の相談まで、プライバシーに配慮しながら、専門家の立場からアドバイスを提供しています。

2つ目は、赤ちゃんとの触れ合いの機会として実施している「ベビーマッサージ」です。特に注目いただきたいのが「パパだけのベビーマッサージ会」です。これは、昨年から始めた新しい取り組みなのですが、予想以上の反響をいただいています。

「パパだけ」という環境だからこそ、率直な悩みや体験を共有できる。そんな場として機能しているんです。最近は男性の育児休業取得者が増えていますが、その分、父親特有の悩みも増えています。「子育ての仕方が分からない」「妻との関係に悩む」といった本音の相談が、この場では自然と出てくるんです。

3つ目は、両親教育の一環として実施している「産前教育」です。様々な角度から、夫婦で協力して子育てをしていくためのポイントを学んでいただく機会を提供しています。

また、最近では企業と連携した取り組みも始めています。ユニ・チャーム様とのコラボでは、コロナ感染拡大下において一般の方向けに産前教育をオンラインで開催しました。企業様と活動することで、不特定多数の方に妊娠出産育児期の情報を提供することができました。

すべての「不安」は子育ての第一歩 ー 専門家が伝えたい、支援を求めることの大切さ

ママカラチャンネルの真鍋摩緒さんと

ー最後に、『NPO法人育児サポートdouce.』の活動に興味を持つ方々へ、メッセージをお願いします!

難波:「赤ちゃんの調子が今日は悪そう…」「機嫌が悪いけど、どうしたらいいんだろう」。こうした不安や戸惑いは、実は子育てをする上で自然な感情なんです。むしろ、そういった気持ちに気づけることこそが、よい親になっていく第一歩だと私は考えています。

特に最近は、男性の育児休業が注目を集め、「父親も育児に参加すべき」という社会的プレッシャーが強まっているように感じます。でも、それは決して「一人で完璧にこなさなければならない」ということではありません。

私たち助産師が20年以上の現場経験で学んできたことは、「支援を求められる関係性」の大切さです。母親も父親も、誰もが初めは未熟で、誰もが不安を抱えています。それは当たり前のことなんです。

私たちは決して「こうあるべき」という型を押し付けません。その代わり、皆さんの「こうなりたい」という思いに寄り添い、一緒に考え、具体的な方法を見つけていく。それが私たちの役割だと考えています。

また、支援を求めることを「甘え」だと考える必要はありません。むしろ、適切なタイミングで専門家に相談できることは、大きな強みになります。ちょっとした疑問や不安でも、私たちは真摯に耳を傾け、専門的な視点からアドバイスをさせていただきます。

そして何より、子育ては決してマイナスの体験ではありません。確かに大変なことも多いですが、子どもの成長とともに、親も成長していける。そんな素晴らしい機会なのです。私たちは、その喜びを分かち合える存在でありたいと思っています。

「これくらいのことで相談していいのかな」。そんな迷いを感じたら、それこそが相談するべきタイミングです。些細なことでも、気軽に声をかけていただければと思います。私たちが、皆さんの子育ての伴走者として、しっかりとサポートさせていただきます。