障がい者アートという切り口で、社会参画の新たな形を模索する『NPO法人ソーシャルアート市場』。代表理事の島田 皇(こお)氏は、従来の福祉の枠組みではこぼれ落ちがちになるグレーゾーンの人々にも光が当たるように、アートを通じて社会とつながるきっかけを創出しようとしています。注目すべきは、障がい当事者だけでなく、関わる全ての人を対象としている点。特に全盲者が対話を通じて相手の心を描く「全盲者アート」は、独自のコンテンツとして評価を集めています。将来的には80億人を対象とするデジタルプラットフォームの構築も視野に入れ、まさに「資本主義社会の常識にとらわれない」新しい挑戦を続ける島田氏に、その理念と活動内容、今後の展望についてお話を伺いました。

1981年生まれ。長崎県佐世保市立工業高校を2年夏に中退し、単身渡米。
カリフォルニアはサンディエゴで1年近く競泳の武者修行に明け暮れる。
2003年ワタミフードサービス入社。和民、わたみん家の全国約400店舗の商品企画設計を担う。
2017年息子の視覚障害をきっかけに、障害福祉のベンチャー企業へ入社。新事業の立ち上げ責任者、全国SV、会長室にて広報、採用、助成金、賃料交渉など多岐の業務責任を担う。
2023年NPO法人ソーシャルアート市場を設立。
「福祉」ではなく「サービス」としての障がい者アート
ー島田様、本日はどうぞよろしくお願いいたします!まずは、『NPO法人ソーシャルアート市場』がどういった方を対象にしているのか、そしてどういった活動をされているのかを教えてください。
島田 皇 代表理事(以下敬称略):私たちは手段として障がい者アートを行っていますが、目的は関わる人々全ての社会参画のきっかけ作りです。障がい者アートというと障がい当事者が対象と捉えられがちですが、私たちは関わる全ての人を対象としています。
福祉業ではなく、サービス業だと捉えています。サービス業として考えると、顧客はアートを買ってくれる方々になります。この部分は表現が難しく説明が分かりづらくなってしまうんですよね(笑)。
ーその「関わる人達全て」とは具体的にどのような方達なのでしょうか?
島田:アートの購入者である一般のマーケットの人々であったり、そこに付随する企業さんであったり、例えばスポンサー企業さんかもしれないし、ライセンス契約をする企業さんかもしれません。また、地域の人々であったり、イベントを開けばイベントに参加する人々、そこで買わなかったとしてもです。あとは寄付者だとか、クラウドファンディングに協力してくれた皆様だったり、そんな人々が対象です。
「グレーゾーン」を救う新しいアプローチへの挑戦
ー島田様が『ソーシャルアート市場』を立ち上げられた経緯やきっかけについて教えてください。
島田:きっかけはいろいろありますが、まず「自分で何かをやりたかった」という気持ちがあります。20数年ずっと組織の中の世界しか知らないのですが、時代は変わり続けています。会社員としての仕事も尊いのですが、やっぱり自分の人生だから社会に対して自分の活動や名前で貢献をしたいなというのは昔からありました。
それが40代を迎える頃に「このままいけば一生会社員だな」と。「だったら何か自分でやるしかない」という本音がありました。背景としては、勤め先が障がい福祉の会社なんです。障がい福祉は厚労省の許認可や法律制度に縛られています。法律制度は白か黒か、ということが多いのです。そうなると、グレーの位置にいる人達がこぼれ落ちるわけです。
グレーゾーンの人達を社会保障として救うために、また新しい法律制度が出来る、その繰り返しです。これが悪いとは思っていません。救われている人達が大多数ですから。ですが、サービスが行き届いていないグレーゾーンの人達に手を差し伸べたり、何か彼らが社会参画できるきっかけとなる存在が必要だと思いました。もちろんそういった社会資源はたくさんありますが、切り口を変えて障がい者アートとNPOという組み合わせは相性がいいのではないかと考えました。
世の中にはいろんな団体が既にあります。社会課題を解決するためにNPOがあると言われがちですが、私はそうではないと思っています。ユートピアな世界なんてありそうで、なかなかない。社会課題はおそらくずっと続くのだろうと。それが前提なら、これまでの概念や視点での団体運営やサービスでは社会課題をなかなか解決できない点がたくさんあると感じていました。
こぼれ落ちる99.99%の障がい者アーティストに光を当てたい

島田:障がい者アートの世界を見ると、優れた団体がたくさんあります。彼らの作品は数百万、数千万円で売買されているんですよ。
ーそんなに高額なんですか?すごいですね!
島田:本当にすごい世界なんです。私の息子も障がい児なのですが、親としても福祉の人間としても、めちゃくちゃ素敵だなと思います。そういった団体がどんどん世界的に展開してほしいです。
理由としては、障がい福祉のブランドが押し上がるからです。経済価値が付くということはブランド化できる。ただ、そんなに経済価値が高く付く作品を作れる人達って100万人に1人なんでしょうね。スター発掘的な要素がすごくあるんです。資本主義社会の中では、それで良いと思います。
ただ資本主義社会も今後変わっていく中で、100万人に1人以外の99.99%の人達はどうなるのでしょうか。障がい当事者だけに視点を当てても変わらないと思っています。
私は障がい者雇用の企業コンサルなども行っていて、企業側の本音も聞いています。障がい者雇用は企業の100ある経営課題の中の一部に過ぎません。一方で福祉側としては当事者が中心でしか物事を話さないため、それは嚙み合わない話なんです。これが現実だと思っています。
そこで社会課題を中心において、関わる人々のきっかけ作りが障がい者アートであればいいなと思っています。見ている切り口、ポイントが違うというところです。ビジネス目的ではなく、新しい視点から取り組んでいます。
アートという言葉に込めた3つの理由
ー島田様がアートに目を付けたというところには何か理由があるのでしょうか?
島田:3つあります。
1つ目は、私自身アートのスキルはないのですが、子供の頃からアートの世界に魅力を感じていたことです。言葉やテキストではない自己表現ができることに、右脳型の人間として惹かれていました。
2つ目は、NPOを立ち上げる時に色々な言葉の定義を調べた中で、広義的な意味でのアートは「人類が作るもの全て」と表現されていたんです。自然と対になるもの全てです。これはとても良いなと思いました。絵に限らず、音楽も書道も全て含まれますよね。
例えば絵画だけに絞ってしまうと、絵が得意で好きな人は良いかもしれませんが、苦手な人もいます。その人達は参加できない。逆に書が得意な人もたくさんいるのに、それがなぜアートとしてもっとカジュアルに扱われないのかと疑問に思いました。
3つ目が、Amazonのベゾスさんのビジネス書を読んだ時に感じた考え方です。経済を目的にしているわけではありませんが、世界的企業の創業者のストーリー作りやモデルは参考になります。原価がかからないものをビジネスにするという点で、アートは理想的だなと感じました。
80億人を対象にするデジタルプラットフォームの夢
ー他のNPO団体さんでも障がい者支援をやられているところがありますが、『ソーシャルアート市場』様の一番のアピールポイントや特徴を教えてください。
島田:現時点では他団体との差別化ポイントは特にないかもしれませんが、将来像としてはあります。デジタルプラットフォームを作りたいんです。メルカリのような、洗練されたプラットフォームを考えています。
メルカリは社会的価値を生み出したと思っています。無価値だと思われていたものを、時と場所を変えて価値に変えるということをやりました。例えば、どんぐりが1袋500円とか1000円で売られているんです。田舎なら普通に落ちているものが、都内のお母さん達に子供の図画工作の道具として買われる。
これを障がい者アートに当てはめると、多くの障がい者アートは売れていないんですよ。役所の入口や施設で販売していても誰も買わない。社会的意義はとても高く尊いことをしているのに、そこで経済が回っていかなければ継続性がないんです。サステナブルではありません。
これをアナログではなくデジタルに置き換えれば、80億人が対象になります。資本主義的な考えなら誰もその思想には行かないでしょうが、私たちはNPOですし、そこで儲けようとは思っていません。高値で売れなくても良いんです。買ってくれる行為が発生すればいいと思います。
それが100円でも500円でも、もしかしたらお金の価値は付かなくても「いいね」ボタンが押されるかもしれない。例えば、障害特性でずっと引きこもっていた人が初めてドキドキしながらこのプラットフォームに作品を載せた。それが数週間後に、ヨーロッパのどこかの国の人に「いいね」を押されたとする。人生で初めての「いいね」がつく瞬間の衝動や感動は想像以上のものがあるはずです。
そういう経験から「自分のことをいいねしてくれる人がいた」と、外には出られなくてもYouTubeでスキルを磨こうとか、画材を買いに外に出てみようという一歩を踏み出すきっかけになるかもしれません。そんな積み重ねが生まれるプラットフォームを作りたいと考えています。
障がいの種別は全く関係なく、障がいではなく「困難さ」を抱えて社会参画が難しいと思っている人達が集えるプラットフォームを作りたいんですよね。専門者のコンテンツ、難聴者のコンテンツ、難病のコンテンツ、引きこもりのコンテンツなど、イオンモールのように様々なコンテンツを集めたプラットフォームが将来像です。
心の中を描く「全盲者アート」

島田:現在は「全盲者アート」というコンテンツに絞ってやっています。全盲の方が目の前に来た方と対話を5分から10分ほど行い、そこからその人の心の中をキャンバスに描くんです。
ーそれはすごくユニークで特徴的ですね!
島田:そうですね。イベントでブースを出すと行列ができます。ただ、会社員もやりながらなので頻繁にはできず、3ヶ月に1回くらいしかやれていません。将来的にはNPO専従になれるようにしていきたいですね。
ユニークな「名刺作り」と今後の展開

ー今ソーシャルアート市場さんで提供しているサービスは具体的にはどのようなものですか?
島田:メインコンテンツは全盲者アートのイベントと企業案件です。
企業さんからはロゴ作成やオリジナルTシャツのイラスト依頼などをいただいています。
もうひとつのサービスとして名刺作りもあります。弱視の方にその人の名前を書いてもらうと、とても特徴的な字になるんです。それを名刺に貼って、求めている人に提供しています。現在40人くらいのビジネスパーソンに作っていて、好評です。経営者や営業マンが多いのですが、名刺交換会で他の名刺と差別化でき、記憶に残るという評価をいただいています。
今後の展望

ー今後、どのような取り組みをしていきたいですか?
島田:直近の目標は2つあります。
1つは全盲者アートの認知度を上げ、全盲者アーティストをあと2、3人増やしたいということです。現在、全盲者は1人で、他の障害アーティストは10人くらいいますが、今のコンテンツは全盲者に絞りたいと考えています。
2つ目は、この全盲者アートを早く形にして、次のコンテンツに進みたいということです。それが、難聴者が奏でる音楽ライブかもしれないし、難病の方行うスポーツやエクストリームかもしれませんが、コンテンツを広げていきたいと思っています。
一人一人の「いいね」が未来を変える—共に創る新しい社会の姿

ー記事を見て『ソーシャルアート市場』様に興味を持った方々へ、メッセージをお願いします!
島田:新しい社会参画のかたちを一緒に作りませんか。
現在はNPOのモデルの外枠を作り直している段階で、多くの当事者アーティストに集まってほしいという気持ちはありますが、まだ受け皿が十分に用意できていません。実質私がほぼ一人で運営しているため、多くの方が期待して参加されても、その期待に応えられない可能性があります。
障がい当事者の方々は何かしら困難な人生を歩んでいる方が多いです。「ようやく自分の安心できる場所を見つけた」と思って来てくださったのに、期待通りの活動ができず、また傷つけてしまうことは避けたいと思っています。
誠実に一歩一歩進めていくことで、本当の意味での社会参画のきっかけ作りができると信じています。少しずつですが、共に新しい社会のかたちを作っていければ嬉しいです。