創立118年の歴史を誇る名古屋経済大学高蔵高等学校・中学校。明治時代に日本初の女子商業教育を始めた開拓者精神は、現代のICT教育にも受け継がれています。
「人物と伎倆」という創立時からの理念のもと、伝統と革新を両立させながら未来の教育に挑戦する同校の取り組みについて、副校長の水野氏と進路指導部主任の河村氏にお話を伺いました。

118年の歴史を持つ名古屋経済大学高蔵高等学校・中学校の教育の特徴
ー御校の教育理念や特徴について教えていただけますでしょうか。
水野氏:本校は1907年の創立以来、「人物」と「伎倆」の両輪を重視した教育を実践してきました。創立者の市邨芳樹先生は、明治40年という時代に、日本で初めて女子への商業教育の必要性を説き、その実現に向けて学校を設立しましたが、当時としては非常に先進的な取り組みでした。
「人材ではなく、人を育てたい」という市邨先生の理念は、単なる技能の習得にとどまらず、人格形成を重視する本校の教育の根幹です。これは建学の精神の「一に人物、二に伎倆」に表れており、生徒たちには今でも年に一度、この理念について講話を行っています。
1923年、大正時代になると女子教育への需要が高まり、多くの女子生徒が学びを求めるようになりました。そこで第2女子商業として現在の名古屋経済大学高蔵高等学校・中学校を開校することになったのです。初代校舎があった地名にちなんで「高蔵」と名付けられました。第1女子商業は現在の名古屋経済大学高蔵高等学校・中学校として名古屋市千種区で、それぞれが独自の発展を遂げています。
2002年には時代の要請に応える形で共学化を実現。現在では普通科に特進コースと進学コースを設け、生徒一人ひとりの目標に合わせた教育を展開しています。118年という長い歴史の中で、社会の変化に柔軟に対応しながらも、人格形成と実学を重視する建学の精神は、今なお本校の確かな指針として息づいているのです。
特進・進学両コースにおける学力向上への取り組み
ー生徒の皆様にどのような力を身につけてほしいとお考えでしょうか。
河村氏:本校では、具体的な取り組みとしては特進コースと進学コースそれぞれで特色ある学習支援を展開しています。その根幹となっているのが、1年次から導入しているスタディサポートです。
これは年2回実施され、GTZという独自の指標で生徒の学力を可視化します。例えばある生徒が1年次の最初にCランクの3だったとして、次の機会にC1まで上がるといった具合に、客観的に自身の成長を実感できる仕組みです。
特進コースでは、毎朝10分間の学習時間を設けているのですが、中学英語の文法復習など、その日の課題に静かに取り組むことで、落ち着いた学習習慣を身につけていきます。また、「サポートデー」として、7時間目の授業がない日も16時まで教室に残って学習する時間を確保しています。
両コースとも共通して、1日10分朝読書の時間を設けています。これは週にすると50分の読書時間です。好きな本を自由に読むという単純な活動ですが、読書に没頭する習慣を育むことで、すべての教科の基礎となる国語力の向上を図っています。
このように、基礎学力の向上はもちろんのこと、自主的な学習習慣の確立や論理的思考力の育成など、将来にわたって活きる力を育むことを重視しています。創立時からの理念である「人物と伎倆」は普遍的なものですが、これを現代に即した形で実現していくことが私たちの使命だと考えています。
宿泊行事を通じた人間教育

ー宿泊行事には、どのような教育的意図があるのでしょうか。
水野氏:本校では40年以上前から、日帰りの遠足を実施せず、すべて宿泊を伴う行事を重視してきました。昭和の時代、女子校であった頃からのこの伝統は、2002年の共学化以降も大切に受け継いでいます。
その理由は、建学の精神にある「人物育成」と深く関わっています。現代ではZoomでの会議も一般的になり、通信教育も盛んですが、私たちは「人物」を育てる上で、共同生活での経験を非常に重視しています。
1年生では乗鞍高原で2泊3日のオリエンテーション合宿を実施します。これは単なる親睦行事ではなく、「高蔵生になる」という意識を育む重要な機会です。同じ釜の飯を食べ、寝食を共にすることで、生徒たちは高蔵生としての自覚と連帯感を深めていきます。
2年生では長崎での3泊4日の修学旅行を行います。ここではグループ学習と平和学習を組み合わせ、主体的な学びの機会を提供しています。そして進学コースと商業科の3年生は、6月に1泊2日の京都研修を実施。3年間の校外宿泊行事の集大成として、小学生の頃とは異なる視点で京都を見つめ直し、より深い学びを得る機会となっています。
特筆すべきは、これらの行事への参加率の高さです。不登校傾向のある生徒も、この宿泊行事には「チャンス」として参加を希望することが多く、99%近い参加率を維持しています。もちろん、途中で体調を崩した場合などは、保護者との連携を密にして柔軟に対応します。
このように、宿泊行事は単なるレクリエーションではなく、人間教育の核となる重要な教育活動として位置づけています。全人教育を掲げる本校にとって、こうした直接的な体験の場は、かけがえのない学びの機会なのです。

コロナ禍を経て変化した教育現場
ーコロナ禍を経て、どのような変化がありましたか?
水野氏:最も大きな変化は、ICT環境の整備とその活用方法です。本校では幸いなことに、GIGAスクール構想に先んじてICT環境の整備を進めていました。そのため、緊急事態宣言下の2020年4月、5月の全校休校時にも、Microsoft Classiを活用して速やかにオンライン対応を実現できました。
特に印象的だったのは、新年度のスタート時の対応です。担任が決まっても生徒と対面できない状況でしたが、Classiを活用して2ヶ月間にわたりオンライン面談を実施。生徒一人ひとりの家庭環境から進路希望まで、むしろ従来以上に丁寧な聞き取りができました。
また、1500人規模の全校集会の在り方も大きく変わりました。以前は体育館に全校生徒を集めていましたが、現在は各教室の大型プロジェクターを通じてライブ配信を行っています。実は、この変更により、集合や移動の時間が節約でき、より効率的な学校運営が可能になりました。
河村氏:教科指導の面でも、ICTがもたらした変化は大きいですね。例えば英語科では、生徒がMetamoji(メタモジ)というアプリを使って課題を提出し、教員がそれを効率的に採点できるようになりました。従来の紙ベースの提出と比べ、作業効率が格段に向上しています。
また、教材配信の方法も革新的に変わりました。以前は教員がCDデッキを持ち運んでいましたが、現在は教材にQRコードが付いており、生徒も教員も手軽にアクセスできます。速度調整なども自在にできるため、より柔軟な授業展開が可能になっています。
進路指導においても、Classi を活用して希望調査を実施するなど、データの収集・分析が容易になりました。ただし、全国大会へ出場する部活動の壮行会のような、生徒の頑張りを全校で共有する場面では、やはり対面での集会も重要だと考えています。オンラインと対面、それぞれの特性を活かしながら、より良い教育環境を築いていきたいと考えています。

受験期の生徒への心理的サポート
ー受験期の生徒の不安やストレスに対して、どのようなケアを行っていますか?
河村氏:受験に対する不安は、むしろ向上心の表れとして捉えています。最近の学年集会ではこんな話をしました。
「受験に向けて1年間努力を重ねてきた皆さんが不安を感じるのは当然のことです。むしろ不安を感じないことの方が心配です。慢心は成長を止めてしまいます。不安があるからこそ、私たちは前に進めるのです」と。
ただし、漠然とした不安を抱えたままにせず、具体的な対策を立てることが重要です。例えば、担任との面談を通じて滑り止めの出願校を検討したり、複数の受験校を設定したりすることで、精神的な負担を軽減しています。
特に大切にしているのは、「受験はいつか必ず終わる」という見通しを持たせることです。3月には全員が受験を終え、新しいステージへと進みます。そこで後悔を残さないよう、今この瞬間を大切にしてほしい。たとえ結果として希望する大学に合格できなくても、全力で取り組んだという自信があれば、その経験は必ず次につながります。
これからの時代を生きる生徒たちへのメッセージ
ー変化の激しい時代を生きる生徒たちへのメッセージをお願いします。
水野氏:これからの教育に求められるのは、記憶力や思考力だけではありません。これまでの教育では、ともすれば知識の暗記や論理的思考に重きが置かれすぎていた面があります。しかし、これからは「理解力」「判断力」「想像力」、この3つの力がより重要になってくるでしょう。
特に「想像力」は、学習指導要領でいう「主体性」の核心部分だと考えています。既存の知識を理解し、状況を適切に判断した上で、まだ見ぬ未来を想像する力。この3つの力が調和してこそ、変化の激しい時代を生き抜く力となるのです。
河村氏:私からは「自分を大切にしてほしい」というメッセージを贈りたいと思います。誰にでも、人と違う個性があります。かつて私たちの世代では、スマートフォンの画面をスワイプする動作すら想像できませんでした。しかし、誰かがそれを想像し、実現させたからこそ、今では当たり前の技術となっています。
情報があふれ、選択肢が複雑化する現代だからこそ、自分の考えを大切にしてほしい。他者と違う意見を持つことを恐れる必要はありません。むしろ、その違いこそが新しい価値を生み出す源泉となるのです。自分の好きなことを追求し、そこから生まれる独自の視点を大切にしながら、自分らしい判断ができる人に育ってほしいと願っています。
人生の岐路に立つとき、迷いは必ず生じます。しかし、その迷いを恐れることなく、自分の心に正直に向き合い、判断を重ねていく。そうした経験の積み重ねが、皆さん一人ひとりの未来を切り拓いていくことでしょう。