教育格差の是正は、現代の日本社会が直面する重要な課題の一つです。特に地方都市では、学習塾や教育機会の不足により、子どもたちの学力や将来の選択肢に影響を及ぼすケースも少なくありません。
そんな中、静岡県富士宮市で注目を集めているのが、『自習教室うみねこ』の取り組みです。塾講師の経験を持つ日向悠貴(ひなた ゆうき)氏が代表を務めるこの自習教室では、小学生から高校生までを対象に、無料で学習支援を提供。特筆すべきは、教員志望等の高校生がボランティアとして参加し、生徒たちと年齢の近い立場で学習をサポートしている点です。
従来の塾とは異なるアプローチで、基礎学力の向上と子どもたちの成長を支援する『自習教室うみねこ』。地域に根差した教育支援の新しいモデルとして、その活動に注目が集まっています。今回は代表の日向氏に、設立の経緯や活動内容、今後の展望について詳しく話を伺いました。
基礎学力の向上と教育格差是正を目指して
ー日向様、本日はどうぞよろしくお願いいたします!まずは『自習教室うみねこ』について、どのような方を対象に、そしてどのようなサービスを提供されているのか、概要を教えてください。
日向悠貴代表:『自習教室うみねこ』は、教育格差の是正という社会的課題の解決を目指して設立しました。地方と都会の間にある学力差や教育の質の違いは、現在も大きな課題として取り上げられています。この課題に向き合い、解決の一助となりたいという思いから活動を始めました。
対象は小学生から高校生まで幅広く、基本的には学校でカリキュラムを学んでいる生徒たちです。学校の勉強や宿題のサポート、テスト対策を中心に、一人一人のニーズに合わせた指導を行っています。私自身にIT業界での経験があることから、プログラミングに興味のある生徒には、その指導も行っています。
現在、固定の講師は3名ですが、特筆すべきは高校生のボランティア講師の存在です。教員志望の高校生を中心に、ボランティアとして参加を希望する声が多く寄せられています。高校生同士の居場所としての価値も生まれ、当初の想定以上に活動は進化を遂げています。
塾講師としての経験から見えた課題
ー自習教室うみねこを始められた経緯について、詳しく教えてください。
日向:私は以前、塾講師として働いており、もう1人の立ち上げメンバーはその塾の教室長でした。その経験の中で、特に基礎学力の不足に悩む生徒が多いことを実感しました。学習指導要領の改訂で、学校教育は思考力・判断力を重視したアクティブラーニングの方向に進んでいます。しかし、基礎がしっかりと身についていないと、応用力も育ちません。
また、塾は月謝が高額になりがちで、特に個別指導となるとさらに費用がかさみます。しかし、私たちは「お金のために教えている」というよりも、純粋に教育が好きで、子どもたちの成長を支援したいという思いが強かったのです。
天晴(てんせい)学院という塾を経営する立場にもありますが、塾の枠組みでは踏み込めない領域があります。そこで、無料での学習支援を通じて、子どもたちや保護者のニーズを新しい視点で理解し、より良い教育支援の形を模索したいと考えました。
若い年齢層の講師陣がもたらす新しい学びの形
ー他の自習教室にはない、うみねこならではの特徴やアピールポイントを教えてください。
日向:最大の特徴は、10代から30代までの若い年齢層の講師陣です。特に高校生のボランティア講師は、生徒との年齢が近いため、とても親しみやすい雰囲気を作り出しています。この取り組みは静岡県内でもユニークで、中には片道1時間以上かけて沼津などの遠方から来てくれる高校生もいます。
生徒たちは普段、学校や家庭でしか大人と接する機会がありません。うみねこでは多様な価値観を持つ講師陣と触れ合うことで、「こういう学び方でいいんだ」という新たな気づきを得ることができます。これが私たちの大きな差別化ポイントとなっています。
高校生のボランティアについては、4回の活動参加でボランティア証明書を発行する制度を設けています。当初は受験時(総合型選抜試験など)の証明書として活用することを想定していましたが、実際には多くの高校生が証明書の発行後も継続的に活動に参加してくれています。
ボランティアの高校生たちは、単なる指導者としてではなく、共に学び、成長する仲間として活動に参加しています。この自然な関係性が、生徒たちの学習意欲を高める要因の一つとなっています。
テクノロジーを活用した新しい学習アプローチ
ー学習指導において特に意識されていることはありますか?
日向:最も大切にしているのは、「嘘を教えない」ということです。これはボランティアの高校生にも徹底しています。分からないことがあれば、一緒に調べ、一緒に考えることを推奨しています。
また、学校とは異なり、スマートフォンやタブレットを積極的に活用しています。特に理科や社会の学習では、画像や動画を活用することで、生徒の理解が格段に深まります。現代社会では、デジタル機器は仕事に欠かせないツールです。しかし、多くの若者はエンターテインメントでの利用は得意でも、学習や仕事での効果的な活用方法を知りません。
うみねこでは、スマートフォンを使った情報検索やタイピング練習など、実践的なデジタルスキルの習得も支援しています。これは将来の仕事にも直結する重要なスキルだと考えています。
教えない指導で育む主体的な学び
ーホームページを拝見したときに「教えない指導」という興味深いワードがありましたが、具体的にはどのような指導をされているのでしょうか?
日向:「教えない指導」という言葉は、一見矛盾しているように聞こえるかもしれません。しかし、これは私たちの教育理念を端的に表現したものです。講師が一方的に正解を教えるのではなく、生徒と共に考え、時には一緒に調べ、解決策を見つけていく。そんなアプローチを大切にしています。
例えば、生徒が問題で躓いたとき、すぐに答えや解き方を教えるのではなく、「どこまで分かる?」「この部分はどう思う?」といった質問を投げかけます。そして、生徒自身が考えるプロセスを大切にしながら、必要に応じてヒントを出していきます。これは単なる答えの暗記ではなく、思考力を育む機会となっています。
また、高校生のボランティア講師たちにも、この「教えない指導」の考え方を共有しています。彼らも完璧な知識を持っているわけではありませんが、だからこそ、生徒と一緒に考え、学ぶ姿勢を自然に見せることができます。
ー生徒たちの反応はいかがですか?
日向:最初は戸惑う生徒もいますが、徐々に「自分で考えることが楽しい」という声が聞かれるようになります。また、講師との距離が近いため、質問や相談がしやすい雰囲気が自然と生まれています。
特に印象的なのは、以前は「分からない」とすぐに諦めていた生徒が、少しずつ「自分でも解けるかもしれない」と前向きに取り組むようになるケースです。これは、単に問題が解けるようになったという以上に、学習に対する姿勢そのものが変わった証だと考えています。
私たちは、この自習教室が単なる勉強の場ではなく、生徒たちが主体的に学ぶ力を身につける場になることを目指しています。そのために、講師陣全員が「教える」のではなく「支援する」という意識を持って、生徒たちと向き合っています。
地域に根差した活動の展開
ー具体的な活動頻度や運営方法について教えてください。
日向:毎月第2・第4日曜日の午前10時から12時に教室を開いています。参加希望者との連絡は公式LINEアカウントで行い、参加可能な日に自由に参加できる形を取っています。
活動場所は富士宮市の西公民館を拠点としており、プリンターやインク代などの実費は運営側で負担しています。オンライン指導の可能性も検討しましたが、やはり対面での交流を通じた学びの価値を大切にしたいと考え、現在の形式を維持しています。
未来への展望:NPO法人化と地域展開
ー今後、どのような点を強化していきたいとお考えですか?
日向:将来的にはNPO法人化を目指しています。2年間の活動を通じて、基盤が整ってきました。特に、高校生のボランティア意欲の高さは私たちの想定を超えるものでした。
今後は、高校生が主体となって各地域で自習教室を展開していくことも検討しています。現在、遠方から来ている高校生も多いため、その地域でも同様の活動ができれば、より多くの子どもたちに学習支援を提供できると考えています。
運営を継続していく上で資金は必要不可欠ですが、私個人としては経験や学びを重視しています。塾では得られない新しい気づきや価値を見出していけることが、この活動の大きな魅力です。
無料で提供する質の高い教育支援
ー最後に、『自習教室うみねこ』の利用を考えている方へメッセージをお願いします!
日向:ぜひ気軽に見学にいらしてください!無料で運営していることで不安を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、塾以上に手厚いサポートを心がけています。若い講師陣が一丸となって、子どもたちが楽しく学べる場所づくりに取り組んでいます。
私たちは単なる学習支援の場としてだけでなく、多様な価値観に触れることができる成長の場を提供したいと考えています。学校や家庭とは異なる環境で、生徒たち一人一人が自分らしい学び方を見つけられるよう、これからも支援を続けていきます。
対面でのコミュニケーションを大切にし、生徒同士、そして講師との直接的な関わりを通じて、より深い学びと成長の機会を提供していきたいと思います。