“自分らしく”が輝く場所へ ー美術工芸で子どもたちの可能性を広げる『認定NPO法人 工芸技能学院』

不登校や発達障害を持つ子どもたちへの教育支援において、従来の学習方法とは異なるアプローチで大きな成果を上げている教育機関があります。東京都で20年にわたり活動を続ける「認定NPO法人 工芸技能研究所『工芸技能学院』」は、美術工芸を通じて子どもたちの可能性を広げ、心の安定と自己肯定感の向上を実現してきました。

同学院では、「苦手なことを無理に克服させる」のではなく、「得意なことを伸ばす」という独自の教育理念のもと、一人ひとりの個性に寄り添った指導を行っています。特に美術工芸という専門性の高い分野を通じて、子どもたちの創造性や集中力、そして何より「自分はできる」という自信を育んでいます。

今回は『工芸技能学院』理事長の和田伊都子(わだ いつこ)様に、設立の経緯や独自の教育メソッド、そして20年の実践を通じて見えてきた子どもたちの可能性について、詳しくお話を伺いました。教育現場における新たな可能性を示す、工芸技能学院の取り組みをご紹介します。

美術工芸を通じて子どもたちの心を解放する

ー和田様、本日はどうぞよろしくお願いいたします!工芸技能学院ではどのような生徒さんを対象に、どのような指導を行っているのでしょうか?

工芸技能学院理事長 和田 伊都子様(以下、敬称略):対象となるのは、発達障害や不登校と言われる子どもたちです。療育手帳の取得基準に近い程度のお子さんたちを主に受け入れています。美術工芸を中心に、絵を描いたり織物をしたり、日本の伝統工芸を自然と学びながら活動を行っています。

国語や算数といった一般的な教科学習ではなく、自分の好きな絵を描いたり織物をしたりすることで、のんびりと静かに過ごしていく中で気持ちを落ち着かせ、「ここなら自分は大丈夫」と思えるような雰囲気づくりを大切にしています。特にインドア派の生徒が多いため、外で元気よく運動するといったアクティビティは行わず、おとなしい子どもたちが安心して過ごせる環境を整えています。

教育実習での衝撃が人生を変えた転機に

ー『工芸技能学院』を設立された経緯について教えてください。

和田:私は大学在学中、普通の中学校の社会科教員になりたいと考え、教職課程を取っていました。その際の教育実習で、クラスに1~2人、勉強が全く分からない生徒さんがいることに気づきました。友達もおらず、誰とも会話することなく、一人でぽつんと静かに耐えているような状態で学校生活を送っている生徒たちでした。

その子たちのことが気になり、担当の先生に「どう対応したらよいでしょうか」と質問したところ、「しょうがないのよ、どんどん授業を進めてね」と言われました。もちろん、その先生に悪意があったわけではないのは理解しています。ですが、この返答に疑問を感じ、そういった子どもたちへの対応について深く学びたいと思うようになりました。そこから、様々な本を読んでいく中で、発達障害について学ぶようになっていったのです。

その後、専門学校での勤務や福祉施設でのボランティア活動などを通じて、様々な子どもたちと関わってきました。しかし、既存の対応方法に違和感を覚え、「この世の中に、こういう子たちに本当に対応できる場所があるのだろうか」という思いが強くなっていきました。そこで「自分で作ろう」と決意し、美術工芸の分野からアプローチする学校の構想を練り始めました。

美術工芸が持つ子どもたちへの効果

和田:美術の学習には精神的な安定をもたらす効果があり、子どもたちの不安な気持ちを和らげる力があります。また、私自身が美術館や博物館で作品を鑑賞することを趣味としていたこともあり、自分の好きなことと重なる形で子どもたちのサポートができないかと考えました。

特に自閉症スペクトラムのお子さんたちは、一般的な学習は苦手でも、物を作ったり細かい作業を行ったりすることが非常に得意で、集中して取り組むことができます。そこで、苦手な部分を無理に伸ばそうとするのではなく、得意な部分を活かせる場所を作りたいと考えました。

私が以前勤めていた専門学校で美術工芸の先生と出会い、その方から「自分でも作品を作ってみたら」とアドバイスを受けたことも、この道を選ぶきっかけとなりました。先生が親切に教えてくださったおかげで、私自身も美術工芸の魅力にのめり込んでいきました。子どもたちに教えていく上でも、自身が技術を身につけることが大切だと考え、実践的に学んでいきました。

否定的な言葉を使わない、温かい指導環境

ー生徒さんを指導する際に特に意識されていることはありますか?

和田:絶対に否定的な言葉は使いません。「これは違う」「これはダメ」「やり直し」といった否定的でマイナスな言葉は一切使用せず、「よくできたね」「こういう風に工夫するとできるよ」といった表現を心がけています。

これは単に気をつけているというだけではなく、既に習慣化されており、自然と否定的な言葉を使わない対応ができるようになっています。生徒たちは非常にデリケートで、こちらが軽い気持ちで言った言葉でも重く受け止めてしまい、「先生に怒られた」と感じて通えなくなってしまうことがあるためです。

教室の雰囲気も自然と温かく柔らかいものとなり、生徒を受け入れる雰囲気が醸成されています。指導員についても、美術工芸の専門家であると同時に、子どもたちに対して先入観を持たず、純粋に美術工芸の観点から指導できる方々を配置しています。

美術工芸を通じて育まれる‟生きる力”

ー美術工芸を通じて子どもたちが得られる力について、具体的に教えていただけますか?

和田:例えば、プラモデル作りに夢中になっている時のように、何かを作り出す作業に没頭している時は、他のことを考える必要がなく、自然と集中力が高まります。さらに、自分で作品を完成させることで「自分が作ったんだ」という達成感が生まれ、自己肯定感が高まっていきます。

弊校には、専門の綴織りの先生も在籍しており、美術工芸の専門家として指導にあたっています。ただし、私たちは意識的に「先生」という雰囲気を出さないようにしています。好きで絵を描いたり織物をしたりしたいと思った子どもたちが自然に来られる場所であり、先生たちも自然にそれをサポートするという雰囲気を大切にしています。学校で何かを教える、指導するという硬い雰囲気は極力排除しています。

工芸作品は、テレビなどで見ると非常に難しそうに見えますが、基本は単純な作業の繰り返しです。それを続けられるかどうかが重要で、誰でも楽しみながら取り組むことができます。図案を写していくところから始めれば、美術が苦手な子どもでも自然と作品を完成させることができ、その過程で自信をつけていけるのです。

美術工芸教育の実践的なアプローチ

ー美術工芸が苦手な生徒さんへの指導はどのように行われているのでしょうか?

和田:基本的に、生徒たちには完成形の図案を提供し、それを写していく形で制作を進めています。例えば、お皿に絵を描く際も、図案をなぞって描いていくことで、自然と作品が完成していきます。織物についても、基礎さえできていれば、図案を見ながら進めていけます。

このように、「自分で何かを考えて描かなければならない」という負担を感じさせないよう工夫しています。気がついたら「何もできなかった自分がここまでできるようになった」という驚きと喜びを感じられるような指導を心がけています。

作品は学校内のギャラリーで展示したり、展示会で発表したりする機会も設けています。一般の方々に見ていただくことで、生徒たちの励みになり、さらなる制作意欲につながっています。

多様な学びの場を提供する3つのコース

『工芸技能学院』で提供されているコースについて教えてください。

和田:まず小中フリースクールがあり、近年増加している不登校のお子さんを受け入れています。相談件数も増加傾向にあり、通学を希望される方も増えています。

次に高等部があり、中学校卒業後の生徒が入学でき、高校卒業資格の取得も可能です。高校卒業資格については、提携している星槎国際高等学校と連携して取得を支援しています。

さらに、高校卒業後に専門校へ進学することもでき、美術工芸の専門的な学習を継続することができます。このように、子どもから青年期までの一貫した教育を提供しています。

また、専門校卒業後は「リカレント工房」という場所で、自分の作品を制作・販売することができます。販売による収入は作者本人に渡されるため、創作活動を通じて収入を得る経験にもつながっています。

生徒たちの成長と変化

ー美術工芸を通じて、生徒さんたちにどのような変化が見られますか?

和田:初めて来校する生徒たちは、厳しい表情をしていたり、下を向いて暗い顔をしていたりすることが多く、保護者の方も同様に厳しい表情をされています。ですが、これまで様々なフリースクールを試みても通えなかった子どもたちが、弊校に来て「ここなら通えるかも」と感じてくれています。

美術工芸に携わりながらのんびりと過ごしていく中で、安心感が生まれ、「こんなこともやってみたい」と自分から発言してくれるようになったり、スタッフとおしゃべりを楽しむようになったりします。年齢の高い生徒たちは、「就職にチャレンジしてみようかな」「自分も社会に受け入れてもらえるかもしれない」と前向きな気持ちを持てるようになっています。

美術工芸には、人の気持ちを安定させ、精神的に前向きな気持ちを育む力があると感じています。自分の作品が完成していく過程で、「自分にもこんなことができるんだ」という驚きと発見を感じ、それが自信につながっていくのです。生徒の表情が明るくなると、保護者の方の表情も自然と明るくなり、親子で笑顔で来校されるようになります。

行政の理解と支援の変化

ー今後の展望についてお聞かせください。

和田:20年間活動を続けてきましたが、ここ2、3年で大きな変化を感じています。東京都が不登校問題に本格的に取り組むようになり、保護者への就学支援や事業所への支援も始まりました。これまでは学校の先生やカウンセラーの方々に活動内容を説明しても、「そういった子どもは見たことがない」「うちの学校にはそんな子はいない」といった反応で、なかなか理解していただけませんでした。

しかし、ここ数年で状況は大きく変わり、各自治体も積極的に動き出し、対応も随分と変わってきました。むしろ行政の方から「お願いします」と声をかけていただけるようになり、保護者の方々も安心して相談に来られるようになりました。

今後は工芸技能学院の活動内容をより多くの方々に知っていただき、子どもたちの笑顔を増やしていきたいと考えています。不登校や発達障害の子どもたちへの対応の重要性を社会全体で認識し、より良いサポート体制を築いていけることを願っています。

心の安定が何より大切

ー最後に、入学を考えているお子様やその保護者の方へメッセージをお願いします!

和田:『工芸技能学院』では何より子どもたちが「大丈夫なんだ!」と思えることを大切にしています。保護者の方は勉強のことを心配され、「このまま上の学校に進めないのではないか」「大人になって働けないのではないか」と不安を感じられます。しかし、勉強は二の次です。心が不安定なまま学習に取り組んでも途中で嫌になってしまい、本当に勉強が大嫌いになってしまいます。

まずは心の安定を図り、「自分は大丈夫なんだ」という思いを持てるようになることが重要です。そこから先に、勉強や将来のことを考えられるようになっていきます。子どものうちから「自分はダメだ」「社会に受け入れられない」という思いを持ち続けると、思春期を経て20代、30代になった時にさらに大変な状況になってしまいます。

私自身にも苦手なことや、できないことはたくさんありますが、自分の得意なことを活かしながら生きています。子どもたちも同じです。みんなと同じようにできることを目指すのではなく、その子自身の得意分野を伸ばしていくことが、精神的な安定と生きがいを感じることにつながります。

小さいうちから、そして思春期の間に「大丈夫だよ」「安心だよ」「なんとかなるんだよ」という思いを持ってもらうことが一番大切です。工芸技能学院はそれを大切にしていますので、ぜひ気軽にご相談にいらしてください。