近年、自然体験を通じた教育への関心が高まっています。特に、北欧デンマーク発祥の「森のようちえん」の理念は、日本でも徐々に広がりを見せ、各地で特色ある取り組みが行われています。
その中でも、群馬県を拠点に活動する『NPO法人 あかぎの森のようちえん』は、独自の視点で自然教育を展開しています。設立のきっかけとなった東日本大震災での経験を活かし、「減災教育」の要素を取り入れた保育プログラムを実践。また、単独での保育施設運営ではなく、地域の幼稚園・保育園と連携し、より多くの子どもたちに自然体験の機会を提供する独自のアプローチを確立しています。
今回は、同園の理事長である橳島隼人(ぬでじま はやと)氏に、設立の経緯から具体的な活動内容、そして自然教育に込める想いを詳しく伺いました。
自然体験を通じて子どもたちの生きる力を育む
ー本日はどうぞよろしくお願いいたします!まず、『あかぎの森のようちえん』はどのような方を対象に、どういった教育を行っているのでしょうか?
橳島隼人理事長(以下敬称略):『あかぎの森のようちえん』は、全国的に広がりつつある「森のようちえん」の考え方をベースに、主に0歳から8歳くらいの子どもたちに自然体験活動を提供しています。森の中で木や土、水、火などの自然物を活用しながら自然保育を行っています。
全国各地に存在する他の「森のようちえん」は認可外保育園として子どもを預かる形態が多いのですが、私たちの特徴は、群馬県内の幼稚園・保育園・こども園に森のようちえん的プログラムを提供することが中心となっています。また、そこで体験した子どもたちが「また森で遊びたい!」と言ってくれるため、主催事業としていくつかのプログラムも展開しています。
東日本大震災がきっかけ – 減災教育と自然体験の融合
ー『あかぎの森のようちえん』を設立した経緯について教えてください。
橳島:きっかけは2011年の東日本大震災でした。その時に「減災教育」という言葉を知り、野外活動や自然体験活動が減災教育に有効だということを耳にしました。私自身、それまで社会教育ボランティアとして子ども向けのキャンプや体験活動を提供していたので、そこで何か役立てることがあるのではないかと考えました。
減災教育について深く学んでいくと、アウトドアスキルと避難生活には共通点が多いことがわかりました。例えば、冬の災害時に暖を取るための火起こしなど、キャンプで培ったスキルが活きてきます。特に阪神・淡路大震災から30年、能登半島地震の経験からも、寒い時期の災害対応の重要性は明らかです。平時から楽しみながらこれらのスキルを体験しておくことで、有事の際の2次災害を防ぐことにもつながります。
また、私は保育士の資格を持っていましたが、男性ということもあり当時は就職が難しい状況でした。しかし、保育に関わりたいという思いは強く持っていました。そこで、社会教育と自然体験活動を掛け合わせた保育プログラムを探していたところ、「森のようちえん」という取り組みに出会いました。
このように、減災教育の必要性と保育への思いが重なり、2012年に活動を開始。翌2013年7月にNPO法人格を取得しました。
約40の園との連携 – 専門性の高い指導体制
ー『あかぎの森のようちえん』の特徴やアピールポイントを教えてください。
橳島:私たちの大きな特徴は、「全ての子どもたちに自然体験を」というキーワードのもと、幼稚園・保育園向けのプログラム提供に力を入れていることです。特にコロナ禍をきっかけに、外での活動や自然体験へのニーズが急増し、2024年度は主催事業、企業や社会福祉団体などからの受託事業、園対象事業を合わせて130件ほどの活動を実施しています。
自然保育や安全管理の専門的な知識を持った保育士はまだ多くないため、私たちのような専門性を持った団体への需要は高まっています。指導スタッフは社会教育の経験者が中心で、保育士や教員免許保持者など、それぞれが異なる専門性を持っています。子どもの教育に熱意を持つメンバーが集まっており、現在はボランティアスタッフを中心に約60名の組織で運営しています。
現在、約40の園と連携していますが、各園で方針が異なるため、画一的なアプローチではうまくいきません。そのため、事前に各園のホームページを確認し、打ち合わせを重ねながら、園の先生方が求める自然保育のあり方を模索しています。私たちの独りよがりな思いではなく、各園の方針に寄り添ったプログラム提供を心がけています。
安全と自由を両立した保育環境づくり
ー児童たちを指導する際に意識していることや方針などについて教えてください。
橳島:まず第一に、子どもたちに自然や森を嫌いにならないでほしいという思いがあります。園対象の活動では、遠足のような位置付けで来る子どもたちもいるため、全員が自発的に来ているわけではありません。そのため、森での体験を楽しめる要素をたくさん用意し、安心・安全を感じられるスタッフであることを大切にしています。
また、決まったプログラムを全員で行うのではなく、子ども自身の興味関心に応じて様々な体験ができるように、遊びの選択肢を多く用意することを意識しています。そのため、遊び場が4つも5つも増えていき、子どもたちが散らばって遊ぶことになるので、園の先生方と綿密に連携して安全管理を行っています。
さらに、四季を感じられる活動を大切にしています。例えば、冬は風を使ったたこ揚げや落ち葉遊び、夏は水遊び、秋は生き物観察や栗拾いなど、季節ごとの特徴を活かしたプログラムを提供しています。その時々の自然環境を最大限に活用することで、子どもたちの感性を刺激し、より深い学びにつなげています。
3つの関わりを通じた成長支援
ー『あかぎの森のようちえん』にて大切にしたいこととして掲げられている「環境との関わり」「命との関わり」「自分との関わり」という3つの観点について詳しく教えてください。
橳島:まず1つ目ですが、私たちは保育・幼児教育の観点から、「環境との関わり」を非常に重要視しています。
‟自然環境”としてのフィールドについては、安心・安全を確保しながらも、知識を教え込むのではなく、「なぜだろう」「どうしてだろう」という興味が湧くような環境づくりを心がけています。これは「センス・オブ・ワンダー」という考え方で、知識よりも不思議に思う気持ちを大切にしています。
‟人的環境”としては、スタッフ、園の先生方、そして友達という3つの要素があります。特に子どもたち同士が互いを見て学び合う関係性を大切にしています。一方で、常に集団行動を強制するのではなく、時には一人でゆっくり過ごすことも認めています。例えば、習い事で疲れた小学生がハンモックで空を見上げてボーっと過ごすような時間も大切にしています。
2つ目の「命との関わり」については、森の中での活動を通じて、子どもたちが自然と生命の循環を体感できる機会を大切にしています。例えば、虫や小動物との出会い、植物の成長や季節による変化の観察など、生きているものへの興味や関心を育みます。時には生き物の死に直面することもありますが、それも含めて命の尊さや自然の営みを感じ取ってもらいたいと考えています。また、火や水といった自然の要素も、使い方によっては危険なものになり得ますが、適切な関わり方を学ぶことで、命を守ることにもつながっています。
そして3つめの「自分との関わり」についてですが、自然は人間がコントロールできないものです。例えば強風の日には、風を避ける場所で遊ぶか、防寒対策をするか、火を起こして温まるかなど、自分自身が状況に応じて変化・対応する必要があります。このような経験を通じて、多様な環境や状況に対応できる力を育んでいけると考えています。雨の日も雪の日も晴れの日も、そして新しい友達との出会いも、すべてが学びの機会となります。
年齢に応じた3つの主催プログラム
ー『あかぎの森のようちえん』が主催事業として行っている特徴的なプログラムを教えてください。
橳島:現在、3つの主催事業を展開しています。
1つ目は「子育てわんぱーく」で、0歳から3歳くらいの子どもとお母さんを対象とした自然保育型の子育て支援イベントです。前橋総合運動公園と連携し、お母さん同士のコミュニティづくりも支援しています。公園という身近な場所で自然との関わりを持つことで、初めての自然体験デビューのハードルを下げることを意識しています。
2つ目は「親子の森のようちえん」で、年少から年長の親子を対象とした日帰りの自然体験イベントです。特徴的なのは、午後の時間帯に子どもたちはスタッフと森の探検に出かけ、親御さんはたき火を囲んでお茶を楽しむ時間を設けていることです。これは保護者のリフレッシュも兼ねた取り組みとなっています。
3つ目は「もりっこ」で、年長から小学2年生の子どもたちだけを対象とした活動です。「親子の森のようちえん」の発展版として、子どもたち主体で森での過ごし方を決めていきます。このように、0-3歳、3-6歳、6-8歳と段階的なプログラム設計を行っています。特に春から秋にかけては募集開始と同時に定員に達してしまうほどの人気プログラムとなっています。
今後の展望 – 指導者育成と活動の拡大
ー今後、さらに強化していきたい取り組みについて教えてください。
橳島:現在の「園対象」の活動をさらに拡大していきたいと考えています。そのためには、現場で指導できる人材の育成が不可欠です。保育士養成校との連携を通じて、学生さんへのアプローチを強化し、互いに学び合える関係性を構築していきたいと考えています。
最終的な目標は、私たちがいなくても各園で同様の活動ができるような一般化を進めることです。そのためには、安全管理や自然保育の価値についてより広く伝えていく必要があります。
現在は群馬県内が中心ですが、東京都の保育園からお泊まり保育で来てくださったり、以前は鎌倉まで出張して近隣の森でプログラムを作ったりした経験もあります。出張プログラムを通じて各園のスタッフに技術を伝え、その後は独自に活動を展開していただくというモデルも確立しつつあります。このように、地理的な範囲とともに、活動の質も広げていければと考えています。
子どもたちの可能性を引き出す自然体験の力
ー最後に、『あかぎの森のようちえん』の利用を考えている保護者の方へメッセージをお願いします!
橳島:自然の中に飛び出すと、子どもたちの様々な興味や感性が刺激されます。興味の持ち方は子どもによって全く異なりますが、それこそが自然環境の懐の深さを表しています。どんな子どもでも、必ず何かしらに興味を持ってくれます。これは自然環境の持つ包容力の大きさを示しています。
新しいことへのチャレンジが苦手な子にとっても、自然環境は使いやすいものです。様々な体験を通じて、自分の好きなことや苦手なことを知る機会となります。自分自身のことをよく理解することで、将来の選択や決断がしやすくなり、強い個性を育むことができると信じています。
子どもたちは直接体験、本物体験を通じて大きく成長します。現代の生活では疑似体験や間接体験が中心となりがちですが、私たちは「0を1にする」、つまり本物の体験の機会を提供することを使命としています。その第一歩として、ぜひ「森のようちえん」での自然体験にチャレンジしていただければと思います。