デジタル化が加速する現代社会において、世代間のデジタルデバイド(情報格差)は深刻な社会課題となっています。特にシニア層にとって、急速に変化するデジタル環境への適応は大きな課題です。一方で、次世代を担う子どもたちには、プログラミングやIT教育の重要性が増しています。
この二つの課題に同時に取り組み、地域に根差したIT教育を提供し続けているのが、神奈川県鎌倉市の『ホームコンじゅく 鎌倉教室』です。2001年の開業以来、初心者向けパソコン教室として歩みを始め、現在では子ども向けプログラミング教室やロボット教室も展開。和風テイストの温かみのある教室で、世代を超えた学びの場を提供しています。
今回は同教室を主宰する横沢聡一(よこざわ としかず)様に、20年以上にわたる教室運営の経験と、デジタル教育の未来について語っていただきました。
シニアこそITを使うべき – 開じゅくに込めた想い
―本日はどうぞよろしくお願いいたします。まずは、『ホームコンじゅく 鎌倉教室』の概要について教えていただけますか?
横沢聡一代表:『ホームコンじゅく 鎌倉教室』は初心者向けのパソコン教室として2001年に開じゅくしました。特に60代、70代、80代の方々にコンピューターを使っていただきたいという思いがありました。その時代は、パソコンを使う人=若者というイメージが強かったのですが、私は元システムエンジニアとして、地域に根差した活動をしたいと考えていました。
若い人は自然と使いこなせるようになりますが、シニアと呼ばれる方々こそパソコンに親しんでいただき、生活を豊かにしてほしい。そういった思いから、和風テイストの教室作りを心がけ、靴を脱いでわいわいがやがやと学べる雰囲気づくりを大切にしてきました。
教室の設計にも独自のこだわりがあり、照明には全て電球色を採用しています。一般的なパソコン教室では白色照明が主流ですが、電球色の方が温かみがあり、緊張せずにリラックスして学べる環境を作れると考えたのです。
ー開じゅくのきっかけについて教えてください。
横沢:当時勤めていた会社がITバブル崩壊の際に、数千人いた社員を1年で半分にまで削減するという決断をしました。私は幸いにもリストラ対象にはなりませんでしたが、「会社が社員をリストラするのであれば、社員が会社をリストラするのもありだろう」とポジティブに考えました(笑)。
自分に何ができるか、何がしたいのかを考えた時に、地域に役立つことをしたいという思いが強くありました。IT業界での経験を活かしながら、草の根的に広げていける活動として、シニア向けのパソコン教室を始めることを決意したのです。当初はシニア層をメインターゲットとしていましたが、現在では子どもたちのプログラミング教育も手がけています。
デジタルデバイド解消を目指して
ー具体的な指導方針について教えてください。
横沢:できるだけ専門用語は使わず、自分の言葉で分かりやすい例えを用いて説明することを心がけています。また、「分からないことは恥ずかしいことではない」という意識を常に持っていただけるよう配慮しています。
現在最も重視しているのは、シニアの方々が世の中から取り残されないように支援することです。特に60代以上の方々は、SNSを使用しているかどうかで考え方や生活様式に大きな差が出てきています。
ここ5年ほどで、従来の世界とは別の「アナザーワールド」が形成されており、両方の世界を知っていただくことが重要だと考えています。例えば、かつて安倍総理が地上波・新聞では支持率が3割しかないと騒いでいた同時期に、SNSではその倍の7割近くの支持率があったり、ワクチンの接種やインフルとの同時流行の可能性をオールドメディアで煽っていた同時期に、SNSではデータを見ればそんなことはありえないことがわかったり、SNSで情報を得ている人と、そうでない人では見ている世界が全く違うことを強く感じているので、SNSの見方を(特にコメントを見る方法)根気強く伝えています。
開じゅくから20年以上が経ち、当時50代後半だった生徒さんが今では80代になられている方もいます。そういった長期的な関係の中で、生徒さんのライフステージに合わせたサポートを提供しています。
幅広いニーズに応える充実のコース展開
―提供されているコースについて具体的に教えていただけますか?
横沢:現在、パソコン教室、プログラミング教室、ロボット教室の3つの大きな柱で運営しています。
パソコン教室のグループレッスンコースは、長年通われている生徒さんが中心で、カルチャーセンターのような雰囲気の中で学習を進めています。10年以上通われている生徒さんも多く、和やかな雰囲気が特徴です。ただし、近年は個別対応のニーズが高まっており、それに合わせて指導形態を柔軟に変化させています。
各生徒さんのニーズに合わせてテキストを作成・提供する個別指導コースもご用意しています。費用は若干高くなりますが、その分、完全オーダーメイドの学習が可能です。
ー『ホームコンじゅく 鎌倉教室』ならではの‟サポートプラン”について教えてください。
横沢:「にこにこプレミアムサポート」という独自のサービスを提供しています。通常のサポートプランでは来じゅく、電話、メールでの質問対応が基本となりますが、プレミアムサポートでは月に1-2回、定期的なご自宅訪問を行います。特にシニアの方々の「自宅でもパソコンを使いたい」というご要望にお応えできるプランとなっています。
本格的なロボット製作で育むものづくりの心
―次に、ロボット教室について具体的に教えていただけますか?
横沢:ロボット教室では、ヒューマンアカデミー株式会社と提携し、「ロボットクリエイター」という言葉自体を生み出した高橋智隆先生が設計したロボットの製作に取り組んでいます。対象年齢は年長から高校生までと幅広く、月に1回のペースで新しいロボットの製作にチャレンジしています。
私自身が工学部出身のシステムエンジニアということもあり、単なる組み立て作業で終わらせるのではなく、ものづくりの本質を理解できるようなカリキュラムを心がけています。特に中学生・高校生向けのコースでは、学校の理科や技術の授業との連携も意識しています。
実は、パソコン教室の講師の中で理系、特に工学部出身者は意外と少ないんです。その点、私は現場のエンジニアとしての経験もあり、ロボット製作の技術的な側面についても詳しく説明することができます。
ー子どもたちの反応はいかがでしょうか?
横沢:ロボットという実際に動くものを自分で作り上げる体験は、子供たちにとって大きな達成感につながっています。また、プログラミング教室と連携することで、ソフトウェアとハードウェアの両方を学べる環境を整えています。
これは就職市場を見据えた時に大きな強みとなります。日本のIT業界では製造業向けのシステム開発が大きな割合を占めており、モノづくりの基礎を理解していることは、将来的に大きなアドバンテージとなるからです。
実際の製造現場や企業での経験、教育現場での知見、そして自身の子育て経験も活かしながら、次世代のエンジニアの育成に取り組んでいます。単にロボットを組み立てるだけでなく、その過程で論理的思考力や問題解決能力を養い、将来の進路選択にも役立つスキルを身につけられる場を目指しています。
プログラミング教育 – ゲーム制作を超えた本質的な学び
ープログラミング教室に対しては、どのような考えをお持ちですか?
横沢:プログラミング教育には特に力を入れています。というのも、現在のプログラミング教室の多くは、子供たちの興味を引くためにゲーム制作に特化する傾向にあります。もちろん、それは入り口としては否定されるものではありませんが、実社会とのギャップが大きすぎるのが現状です。
ー具体的にどのような課題を感じていらっしゃいますか?
横沢:私が危惧しているのは、学校教育と実務、そして就職後のミスマッチです。実際の就職状況を見ると、日本のIT業界では金融系や製造業向けのシステム開発が60%以上を占めています。ゲーム業界は7%程度にすぎません。にもかかわらず、多くのプログラミング教室ではゲーム制作が中心となっています。
さらに、高校の「情報Ⅰ」の教科書を分析してみると、使用する技術は現代的になっていても、求められる本質的な考え方は私が現場で経験してきたものと変わっていないことがわかりました。つまり、プログラミング教室で学んだことが、高校の学習や実際の就職に活かせないというギャップが生じているのです。
ーそれを踏まえて、どのような指導を教室で行っていますか?
横沢:『ホームコンじゅく 鎌倉教室』では年長から高校生までを対象に、段階的なカリキュラムを組んでいます。特に中学生・高校生向けのコースでは、学校の情報教育を先取りする形で、基礎的な概念から実践的なプログラミングまでを学べる環境を整えています。
私自身、システムエンジニアとして10年以上の現場経験があり、500人規模の新人教育も担当していました。現在、自分の教室でロボット教室とプログラミング教室を運営、さらに私立高校の情報Iの非常勤講師を1年以上続けています。そして中学3年生、大学3年生の父親でもあります。バリバリの理系と思われるかもしれませんが、こう見えても大学では50名の部員を誇る演劇部の部長をしていたので、心のうちは文系だと自分では思っています。(笑)
こういった経験があるので教育現場と実務の両方を見据えたカリキュラムができるのではと自負しております。
ー具体的なカリキュラムの特徴を教えてください。
横沢:小学生向けには、プログラミング的思考の基礎を養うことを重視しています。ただし、ゲーム制作だけに偏らないよう、例えば身近な電化製品の制御プログラムを考えるなど、実生活との接点を意識した課題も取り入れています。
中学生・高校生向けには、将来の進路を見据えた実践的な内容を提供しています。例えば、金融系システムや製造業での活用例を題材に、データ処理やアルゴリズムの基礎を学びます。また、高校の情報Ⅰの内容を先取りすることで、学校での学習もスムーズになるよう工夫しています。
特に最近は、中学生・高校生が非常に忙しくなっています。9割近くの生徒が現役で大学に進学する時代です。そのため、限られた時間の中で効率的に学べるよう、カリキュラムを最適化しています。
プログラミングは単なる技術習得ではなく、論理的思考力や問題解決能力を養う手段でもあります。当教室では、将来どの分野に進んでも活かせる普遍的なスキルの育成を目指しています。そのため、保護者の方からも「学校の勉強にも良い影響が出ている」という声をいただいています。
「教えるだけじゃない」 IT教室の新しいカタチ
ーこれから入じゅくを考えている方へメッセージをお願いします!
横沢:IT関連で何か疑問点があれば、まずは気軽にご相談ください。特に中高生の皆さんには、一度きりの青春をより充実したものにしてほしいと考えています。プログラミングだけでなく、様々な面でサポートができますので、少しでも不安があれば、ぜひ門を叩いていただきたいと思います。
私たちの究極的な目標は、世代を超えたデジタルコミュニティの形成です。子どもたちの新鮮な発想とシニアの方々の豊富な人生経験が融合する場所を作り、そこから新しい価値が生まれることを期待しています。教室という枠を超えて、地域のデジタルハブとしての機能を果たしていければと考えています。
パソコンもプログラミングも、結局は生活を豊かにするための道具です。これからも「誰一人取り残さない」という理念のもと、地域に根差したIT教育とサポートを提供し続けていきたいと考えています。