AIの時代だからこそ自分の手で描く喜びを — 『iPadデジタル絵画教室 クリート』の挑戦

デジタル技術が日常に浸透する現代、アート分野でもiPadなどのタブレットを使った創作が広がっています。しかし、若者向けの教室が主流で、シニア層に特化したデジタル絵画教室はほとんど見当たりません。そんな中、50代以上を対象にした『iPadデジタル絵画教室 クリート』が注目を集めています。

30年以上のキャリアを持つイラストレーター・いしい ゆき氏が主宰するこの教室では、iPadとProcreateを使った水彩画やパステル画、イラストなど多彩な表現を学べます。特にマンツーマン指導を重視し、一人ひとりのペースに合わせたカスタマイズ教育が評判を呼び、設立から3年足らずで200人以上の生徒が集まる人気教室となりました。

「昔描いていた絵を再開したい」「デジタルで絵を学びたいけれど、若い人向けの教室では不安」といったシニア層のニーズに応え、楽しく学べる環境を提供しています。今回はいしい氏に、教室設立の経緯から指導方針、デジタルアートの未来まで詳しくお話を伺いました。

講師:illustrator いしいゆき
イラストレーターとして約30年。小学4年でイラストレーターになると決めて、デザイン事務所に勤務しながら独学し、23才の時にフリーで活動開始。イタリア留学経て、30才で上京。雑誌・web、広告イラスト制作を軸に、キャラクター制作やLINEスタンプ制作にも力を注ぐ。2019年に法人化。3年前に自宅でデジタル絵画教室を開始し、オンラインと対面でマンツーマンレッスンを中心に活動している。横浜市在住。

「若者だけじゃない」50代からのデジタルアート需要に応える

ーいしい先生、本日はどうぞよろしくお願いいたします!まずは簡単に、どういった方を対象にしている教室なのか、そしてどういった指導を行っているのか、『デジタル絵画教室 クリート』の概要についてお伺いできますか?

いしい ゆき先生(以下、敬称略):対象は50歳以上の方となります。その中でも特に、50歳前後の方々をメインターゲットとしています。iPadを使ってProcreateを中心に、イラストはもちろん、風景画、水彩画、パステル画などデジタルで描けるさまざまなタイプの絵画技法を教えています。スタイルとしては、マンツーマンで対面とオンラインの両方で指導しています。

ーなぜ50歳以上をメインターゲットにしているんですか?

いしい:デジタル絵画やイラストの教室は世の中に数多くありますが、その大半は若い人向けなんです。一方で、習い事全般を見ると、実は50歳前後の方が最も多いボリュームゾーンなんです。そこに目を向けようと思いました。50代以上の方は最新のデジタルテクニックより「純粋に絵を描きたい」という思いが強いことが多い。長年アナログで描いていた方が、デジタルで簡単に描けることの喜びを感じてほしいと思っています。AIなど最新技術に振り回されず、絵を描く本来の楽しさを大切にしたいんです。

ー50歳以上の方からiPadでデジタル絵画を学びたいという需要は、実際にあるものなのでしょうか?

いしい:驚くほどあります!私はホームページだけで宣伝して、SNSもほとんど活用していないのに、設立から2年で200人以上の生徒さんが来てくださっています。問い合わせは常にあり、現在は対応しきれないほどで体験レッスンを一時停止している状態です。私が一人で運営しながら本業のイラストの仕事も並行している状況なので、これ以上受け入れられないほどの需要があるんです。

多くの方が「昔は絵を描いていたけれど、子育てや仕事で中断していました。子供も独立し、50歳を過ぎて時間ができたので再開したいと思った時に、アナログか最新のデジタルか迷ってデジタルを選びました」と言われます。絵を描きたいシニア層は全国に大勢いるのに、その受け皿がないんです。「ずっと探し続けてようやく見つけました」という方が多く、遠方からわざわざいらっしゃる方もいます。

30年のキャリアを活かした新たな挑戦 ― コロナ禍がもたらした転機

ーいしい先生が『デジタル絵画教室 クリート』を設立された経緯や、きっかけをぜひ教えてください。

いしい:私はイラストレーターとして30年以上、個人事業主でやってきました。50歳を迎えるタイミングで「会社も作っておこう」と考えたんです。これが最後のチャンスかもしれないと思って。イラストの仕事だけなら法人化する必要はあまりなかったのですが、何か新しいことに挑戦したいという思いがありました。

ちょうどコロナ禍で、クリエイティブ業界の仕事が急減したりと大きな変化がありました。「これは危機だ、BtoC事業も展開しないと生き残れない」と感じたんです。試しに自分のイラストブログに「iPadの教室始めます」と小さく書いただけでも、すぐに反響がありました。「これは求められているんだな」と確信しました。

最初はグループレッスンでしたが、生徒さんのレベルや目的がバラバラで一斉に教えるのは難しいと感じました。そこでマンツーマン指導に切り替え、今に至ります。「やってみたい」という単純な気持ちから始めましたが、ビジネスとしての方向性も見えてきて、ちょうど良いタイミングでした。

ーイラストレーターとしてのご経験は、今の教室運営にどのように活かされていますか?

いしい:私は地方でキャリアをスタートさせ、30歳で東京に出てきました。地方では様々なタイプのイラストを描かないと仕事が得られなかったので、多様なスタイルの絵を描いてきました。東京では一つのタッチに特化したイラストレーターが多い中で、私は様々なスタイルを維持してきました。当時はそれがコンプレックスでしたが、今では教室運営の大きな強みになっています。「多様なスタイルが描けることは教室では大きな利点だ、これまでの経験は全てここに向かっていたんだな」と今は実感しています。

置いていかれない安心感 ― 同世代講師によるマンツーマン指導の魅力

ー他にもオンラインで絵画やデジタルアートを教えている教室はありますが、『デジタル絵画教室 クリート』ならではの一番のアピールポイントを教えてください。

いしい:弊教室に来られる方から聞くと、若い講師が教える他の教室では、「Procreateはこのように使います」という基本操作を教え、全員同じ課題に取り組むグループレッスンが一般的なようです。しかし、そこでしっかり理解できずに困っている方が多く、その方々が私のところに来られるんです。

私の強みは、一人ひとりの理解できていない部分を丁寧に拾い上げ、個々人に合わせたカスタマイズ指導ができることです。同世代であることも大きなポイントですね。他の教室のグループレッスンではシニアの方がペースについていけず、質問できないまま置いていかれてしまうことが少なくありません。弊教室では「分からないところは全て質問してください」と伝え、一緒に解決していく形を取っています。その結果、満足度が高く、上達も早いと実感しています。安心して学べる環境を大切にしています。

技術だけじゃない、心が通う教室 ― シニアを惹きつける「会話の力」

ー指導する際に、特に意識していることや方針などがあれば教えてください。

いしい:何よりも「楽しく」を大切にしています。年配の方は技術だけでなく、コミュニケーションも重視されます。株の話や、お孫さんの話、最新のAI技術の話など、様々な話題で盛り上がることを喜ばれるんです。そういった会話の時間も大切にすると、皆さんとても喜んでくださいます。

そのため、私自身が様々な話題に対応できるよう、日頃からニュースやトレンドをチェックし、情報をアップデートしています。情報を共有すると皆さん本当に喜ばれますね。

大人の方は「楽しさ」がないと続きません。若い頃はスキルアップやキャリアのために我慢もできますが、趣味として続けるには楽しいと感じることが不可欠です。楽しく学べる環境づくりを心がけています。

思い出を形に ― 水彩からLINEスタンプまで広がる創作の世界

提供されているコースやプランについて、簡単に説明していただけますか?

いしい:まず最初に「超初心者コース」があります。これはProcreateの基本設定や操作方法を学ぶものです。

その後、「基礎コース」と「応用コース」に進みます。水彩画やパステル画が特に人気ですが、人物画やイラストなど、生徒さん一人ひとりの目標や興味に合わせてカスタマイズしています。

基本方針は「やりたいことを実現する」です。Procreateだけでなく、Canvaなどのデザインツールも必要に応じて教えますし、プロのジュエリーデザイナーの方にAdobe Illustratorを指導することもあります。生徒さんのニーズに柔軟に対応しています。

ーLINEスタンプコースは人気がありますか?

いしい:「LINEスタンプコース」はとても人気のあるコースの一つです!自分で作ったスタンプを無料でLINEにアップロードできるんです。以前は購入してもらわないと収入にならなかったのですが、現在はサブスクリプション形式に変わり、誰かがスタンプを一度使うだけでも作者に収入が入る仕組みになっています。

LINEスタンプは自分の作品集としても機能しますし、家族や友人へのプレゼントにもなります。8個単位で作成できますが、24個程度をシリーズで作ると操作感も身につきやすいです。自分の作ったスタンプが実際に使われるのを見ると、大きな励みになりますよ。

AI vs 人間の創作 ― デジタルアートが直面する新時代の波

ーAIアートが急速に発展している中で、デジタル絵画の未来についてどのようにお考えですか?

いしい:現在AIが急速に発展し、特にMidjourney(ミッドジャーニー)のパーソナライズ機能は驚異的です。好みの写真を選び、「このテイストで作って」と指示するだけで絵が生成できるようになっています。「1年後はどうなっているのだろう」と時々不安を感じることもあります。

特に懸念しているのは、他のアーティストの作品をアップロードして「これと同じように」と指示すれば似たものが生成できてしまう点です。これは著作権的にグレーゾーンですが、法律がまだ技術の進化に追いついていないのが現状です。

興味深いのは、元々絵が描けなかった人たちが「私でも作品が作れる!」と喜んでいる姿です。人口の大多数は絵を描くのが苦手な方々で、そういう方々がAIで作品を作る喜びを見ると、私のような従来型のクリエイターとしては違和感もありますが、新しい表現の形として受け入れています。

そうした中で、50代以上の方々は自分の手で絵を描く喜びを求めている方が多いので、そこに着目しています。デジタルという新しい手法を取り入れながらも、自分自身が創作する喜びを大切にしたいと考えています。

全国展開への夢

ー今後強化していきたい点や、新たに取り組みたいことがあれば教えてください。

いしい:最近、生徒さんから「札幌デジタル絵画教室」という北海道の教室を紹介されました。調べてみると私の教室と非常に似たコンセプトの教室だったんです。「これは協力した方がいい」と思い、すぐに連絡してしまいました(笑)。

デジタル絵画を教える教室、特に50代向けのものは全国的にまだ非常に少ないんです。アナログの絵画教室は全国各地にありますが、デジタルはこれからの分野です。将来的には学校教育でもデジタル絵画が取り入れられる可能性もあるので、今から講師を育成していく必要があると考えています。

現在、他の教室と連携して全国展開の可能性を模索しているところです。夢は大きいものの、具体的な進め方はまだ検討中の段階です。一歩ずつ確実に、進んでいきたいと考えています。

「絵心」より大切なのは「好奇心」 ― 50代からの新しい一歩を応援

ー最後に、入会を考えていらっしゃる方達にメッセージをお願いします!

いしい:50歳からでも年齢に関係なく、デジタル絵画は始められます。実は国の政策としても、高齢者にデジタル技術やChatGPTなどのAIを活用してほしいという方向性があります。デジタルスキルが身につけば、一人暮らしの高齢者もオンラインでのコミュニケーションが広がります。

しかし、いきなりAIやChatGPTに取り組むのはハードルが高いと感じる方も多いでしょう。そこでまず、自分の興味のあるデジタル絵画から始めてみてはいかがでしょうか。絵を描く楽しさをきっかけに、徐々にデジタルの世界を広げていくことができます。苦手意識のある方も、絵を描くという楽しい活動から始めれば、自然と知識が身につき、自信もついていきます。

元気で充実した老後を過ごすために、デジタル絵画を通じて仲間を増やしていきましょう!仲間が増えればさらに楽しさも広がります。

また、描いた作品はインスタグラムやLINEスタンプなどで発信することもお勧めします。「見てもらえる」ことでモチベーションも続きます。フォロワーが増えたり、スタンプが使われたりする喜びは格別です。

高齢者向けのデジタルサポートはまだ十分ではありません。弊教室がその橋渡し役となり、デジタルの世界でも豊かな表現を楽しめるよう、しっかりサポートしていきたいと思っています。